薬局の個別指導、監査に強い弁護士の鈴木陽介です。
ここでは、不正請求の厚生局への情報提供、通報が匿名で厚生局にあり、また、薬局側から不正請求の報告があり、個別指導が実施され、監査、保険薬局の指定の取消処分となった実例をご紹介します。東北厚生局の令和2年3月付けの取消処分の実例であり、説明のため簡略化等をしています。
薬局・薬剤師の個別指導と監査については、以下のコラムもご覧いただければ幸いです。
【コラム】薬局の個別指導と監査の上手な対応法
不正請求の情報提供(匿名)があった薬局取消処分の実例
1 監査に至った経緯
東北厚生局の公表資料によれば、監査の経緯は以下のとおりです。
1 匿名での不正請求の情報提供
平成29年10月5日、薬局において処方箋の付け替えによる不正請求が行われている旨の匿名の情報提供があった。
【コメント】
本ケースでは、匿名で、処方箋の付け替えの不正請求の情報提供・通報がありました。
匿名での情報提供、通報は、実名での情報提供者を明らかにした形での情報提供、通報に比し、内容の信頼性が低くなるなどのため、厚生局としては、その提供された情報について、証拠状況など慎重に判断して、個別指導や監査の実施について判断するものと考えられます。すなわち、一般論として、患者や退職したスタッフなどからの厚生局への不正請求の情報提供は稀ではないと考えられ、そのすべてを個別指導などで対応することはハードルが高いと思われます。そこで、厚生局は、その情報提供が匿名であるかどうかを含め証拠状況等を吟味の上で、対応を決定しているものと考えられる、ということです。なお、厚生局の係る判断・対応については、薬局の事例・ケースに加え、情報提供での医科や
歯科の個別指導等の事例・ケースも参考になるものと思われます。
2 不正請求の口頭での報告
平成29年10月25日、東北厚生局医療課にその薬局を開設する株式会社の開設者及び管理薬剤師が来局し、薬局において処方箋の不正操作が行われていた旨口頭で報告があった。報告内容は、業界誌を発行する出版社から、「薬局において、処方箋の付け替え請求が行われているのではないか。」との照会があり、社内調査したところ、福島県内の地域を管理するエリアマネージャーの指示により、平成28年3月から平成29年2月にかけて調剤基本料1の要件をクリアするための処方箋の集中率引き下げを目的として、系列他店舗から従業員及び家族分の処方箋を送付させ、その薬局では調剤していないにもかかわらず調剤したとして保険請求していたとの内容であった。
【コメント】
業界誌を発行する出版社からの照会を端緒に、いわゆる処方箋の付替えの不正請求が確認され、そこで、管轄の東北厚生局医療課に開設者及び管理薬剤師が口頭で報告をした流れとなります。
不正請求などの報告があった場合、厚生局としては、内容によっては、口頭での報告でそれ以上の報告を求めないケースもあり得ますが、慎重な対応を要すると判断するケースなどでは、文書での報告を求めることがしばしばあります。
なお、匿名での不正請求の情報提供が東北厚生局にあったことを、開設者や管理薬剤師が係る報告時に認識していたかは不明ですが、認識していた可能性もあろうかと思われます。
3 社内調査の中間報告書の提出
平成29年11月8日、同年11月29日及び同年12月22日に、株式会社から社内調査の中間報告書及び資料の提出があった。また、平成29年11月8日付けの報告の中で、東日本グループ内の複数の店舗で処方箋の付け替えが行われていたことが報告された。
【コメント】
社内調査の中間報告書で、処方箋の付け替えをが行われていたことが報告されました。
処方箋の付け替えは、組織的な不正の疑義を感じさせるものであり、厚生局としては、ケースバイケースの部分はあるものの、厳しく対応することになるものと考えられます。
4 個別指導の実施、個別指導の中断
平成30年1月19日、個別指導を実施し、上記の報告書のとおり、不適切な処方箋の集約及び調剤報酬の不正請求の事実を確認するも、時間内に全ての確認が終了できなかったため、個別指導を中断した。
【コメント】
個別指導で不適切な処方箋の集約と調剤報酬の不正請求が確認され、個別指導の中断に至っています。
なお、本ケースでは求められたか公表資料上は不明ですが、個別指導の中断の際に、厚生局から、持参資料のコピーを求められることがあります。これについては、断ることもできますので、留意する必要があります。
5 最終報告書の厚生局への提出
平成30年2月21日、株式会社から不正の概要、経緯、付け替えの手法、不適切な請求にかかる金額、会社の講じた措置及び今後の再発防止策について記載した最終報告書の提出があった。
【コメント】
最終報告書の提出があり、薬局側としては、これで厚生局に納得していただき、監査、取消処分に進むことは避けたいところであったと思われます。
6 他の薬局への個別指導の実施、付け替えの確認
また、薬局に処方箋を送付したと報告のあった福島県内の他の5保険薬局について、平成30年1月から同年8月までに個別指導を実施し、実際には他薬局において調剤を行い、薬剤を交付していたにもかかわらずその薬局に処方箋を送付した事実を確認した。
【コメント】
処方箋の付け替えは複数の薬局間で行うものであるため、厚生局が、他の保険薬局にも個別指導を実施し、不正が行われていた事実を確認しています。
本ケースのように、処方箋の付け替えでの不正請求は、通常、複数の薬局が関与することになり、不正請求に係る厚生局の指導監査の手続きがはじまれば、その開設者・スタッフへの影響は大きなものとなります。
7 個別指導の中止、監査の実施
以上により、平成30年12月3日付け通知により個別指導を中止し、監査要綱の第3の1及び2に該当するものとして、個別指導の中止通知を監査の実施通知と同封のうえ送付し、平成30年12月13日から令和元年7月17日まで計7日間の監査を実施した。
【コメント】
薬局側としては、厚生局に不正請求を口頭で報告し報告書も提出しましたが、結果的に、監査に至っています。
実態は不明ですが、薬局側の厚生局への口頭での報告の前に、既に厚生局に不正請求の匿名での情報提供があり、厚生局側に疑義が生じていたことが、係る監査の実施の判断に影響していた可能性はあります。
2 取消処分の理由
東北厚生局の公表資料によれば、取消処分の主な理由は以下のとおりです。
【保険薬局の事故】
1 処方箋の付け替えでの不正請求
実際には、同一開設者の他の保険薬局で行った調剤を当該保険薬局で調剤を行ったものとして、調剤報酬を不正に請求していた。
【コメント】
薬局が報告した、処方箋の付け替えの不正請求が認定されています。
なお、本件薬局の開設者に係る取消処分であり、管理薬剤師の取消処分は本公表資料ではなされていませんので、留意する必要があります。ケースバイケースであるものの、イメージとしては、開設者(法人である場合は法人代表者)が問題となった薬局の管理薬剤師でもある場合は、開設者と管理薬剤師の双方が行政処分されやすいイメージです。
2 「調剤基本料1」の施設基準の虚偽の届出
「調剤基本料1」の施設基準(特定の保険医療機関に係る処方箋による調剤の割合が9割5分以下)に適合していないにもかかわらず、同一開設者の他の保険薬局で行った調剤を当該保険薬局で調剤を行ったものとして操作し、本来は「調剤基本料3」の施設基準で届出しなければならないところ、「調剤基本料1」の基準に適合しているとして施設基準の虚偽の届出を行い、調剤報酬を不正に請求していた。
【コメント】
施設基準の届出について不適切な操作をしてまたは実態と異なる数値等に基づき虚偽の届出を行わないよう、開設者においては薬局の管理・監督を徹底する必要があります。
3 調剤報酬の不正請求額
東北厚生局の公表資料によれば、監査において判明した不正・不当請求金額(社保・国保・後期高齢の合計)は、以下のとおりです。
不正請求額 3424名分 8613件 240万9970円
不当請求額 6名分 48件 3万3700円
※ 上記の金額は、監査で判明したものだけであり、最終的な不正、不当の金額は、今後精査していくこととしているので確定していない。なお、原則として、指定の取消の日から5年間は、保険薬局の再指定は行わない。
保険薬局の個別指導、監査に臨む薬局の方は、お電話下さい。指導監査の対応を弁護士がアドバイスします。
薬局・薬剤師の指導、監査のコラム
薬局・薬剤師の指導、監査のコラムの一覧です。
匿名での不正請求の情報提供の実例の他、様々なケースをご紹介しています。
個別指導(薬局)の際に、また日常の薬局運営にご活用下さい。
薬局の指導監査
1
薬局の個別指導と監査
保険薬局・保険薬剤師の取消の実例
1
保険薬局・薬剤師の取消の実例(1):情報提供の個別指導
2
保険薬局・薬剤師の取消の実例(2):無資格調剤による取消
3
保険薬局・薬剤師の取消の実例(3):監査拒否による取消処分
4
保険薬局・薬剤師の取消の実例(4):虚偽の処方せんの不正請求
5
保険薬局・薬剤師の取消の実例(5):別薬局の調剤分の不正請求
6
保険薬局・薬剤師の取消の実例(6):医院の個別指導からの監査
7
保険薬局・薬剤師の取消の実例(7):架空請求有罪判決での監査
8
保険薬局・薬剤師の取消の実例(8):処方せん付替えの不正請求
9
保険薬局・薬剤師の取消の実例(9):不正請求の匿名の情報提供
10
保険薬局・薬剤師の取消の実例(10):不正請求の厚生局への報告
11
保険薬局・薬剤師の取消の実例(11):不正請求の報告書の疑義
12
保険薬局・薬剤師の取消の実例(12):不正な処方箋の集約の通報
13
保険薬局・薬剤師の取消の実例(13):関東信越厚生局の監査
14
保険薬局・薬剤師の取消の実例(14):処方箋の集中率の不正操作
15
保険薬局・薬剤師の取消の実例(15):処方箋受付回数の不正操作